正しさのモデル


|| ほぼ100%正しいものの作り方

『公理』と『定義』の考え方を利用する方法と、

「推論」と「有限」の考え方を使う感じ。

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モデリングの基本


前提「一階述語論理とか、要は数学」

必須情報「抽象情報と具体情報は必ず使う」



使う材料「有限集合とクラス」

『全』の解釈「人に観測されるもの限定」

   後者規則「入力されていく感じ」




材料のラベル「クラスの中身の名前」

情報「あらゆるものを情報で構成されてるとする」





ここから本題


大枠「クラス(類)・出発点」


   主観的正しさ「個人が正しいと感じられるもの」

   客観的正しさ「ほとんどの人が納得しなければならないもの」


   客観性の高い正しさ「正しいのはだいたいこれ」



最小単位「要素になるもの」


   定義的な正しさ「良い感じにルールを作る」

   公理的な正しさ「否定が困難な事実を述べる」

      様相理論の応用「可能性がある」



分類「要素または部分集合になるもの」


   演繹的事実「正しい主張から導かれること」


   統計的事実「傾向と本質」



正しい主張の具体例

形式








この記事では『正しさ』について語っていきます。

内容としては、数学の知識をダイレクトに応用する感じです。



そしてその成果である『正しい主張の作り方』も紹介します。



そんなんあるの?

って感じかもしれませんが、あるんですね、これが。



例えば「私は神だ」と「人間には水が必要だ」の2つがあって、

これ、明らかに→のやつの方が正しく感じますよね?



そう、こんな感じに、

『正しく感じられるもの』は明らかに存在していて、

この記事では、これについてかなり詳しく扱っていきます。



形式は厳密になりがちで面倒ですが、

その形式の元になった話は当たり前の話なのでそんな難しくないです。

良ければぜひ見てやってください。








|| 人が正しいと感じる情報

まず『人は』『正しいと感じる』という事実からスタート。



この時点で「正しいと感じられるものが存在する」のは確定です。

というわけで、これを『主観』と『客観』で分けて考えていきます。






主観的な正しさ


|| 人間が個人的に正しいと思えるもの

つまるところ「個人にとっての正しさ」の話がこれ。

『正しい』『おかしい』『よく分からん』の3パターンあります。



ともかく、これの基準は『自分にとって都合が良いかどうか』です。

そう、人は自分にとって有利な主張を正しいとします。

これが前提となる基準です。



つまるところ『正解か間違いか』は「結果論」になります。

まず『自分にとって都合が良い』というところから始まり、

その結果として、間違っている場合もあれば合ってる場合もある感じ。




そう、つまり「客観性は重視されない」んです。

重視されるのは、『重視すると都合が良いから』であって、

ともかくまず『自分にとって都合が良い』が来ています。



解釈も肯定も否定も同じことで、

とにかく前提に来るのは『自分にとって都合が良い』こと。

他のことは2の次になります。




ただ、これ自体はそんなに悪い事ではありません。

悪い結果を導くことは多々ありますが、

多くは、「悪意無く」やっていることなので。




なにより、端的な話、「正しさ」とは曖昧なものです。

『正しさは、後から変わることがある』し、

『全ての人が正しいものを正しいと認識できるわけではない』ですし。



こうなると、仕方なしに『自分の都合』が優先され、

結果、おかしくなることがあるわけですね。




ここで重要な部分をまとめておきますと、

『人は、自分にとって都合が良いことを正しいとする』し、

『全ての人が、正しいものを正しいと認識できるわけではない』です。



簡単には、「自分中心」「バカはいる」とでもしておきましょうか。

ともかく『正しさ』を語る上でこれらは必要になります。

おかしいと切り捨てると、話が進みません。



なにせ、扱うのは「人間」なわけですし、

『人間は主観で物事を判断する』ので、

「間違いも正しくなってしまう」場合があり得ます。






論理的に否定できない主観的な正しさ


ただ、その中でも『個人の正しさ』について、

「正しいもの」はやはり存在します。



そう、『正しいものが存在する』んです。

厳密には「否定してもしょうがないこと」なわけですが、

ともかく『正しく見えるものが存在する』ことは確かです。




結論から行くと、実際によく見る表現としては、

↓みたいなのがよく見られます。



個人の「感想・感覚」的な事例だと、

「~と思う」「~と感じられる」「~が好き・嫌い」とか。



個人の願望的な感覚だと、

「きっと」とか「~と思いたい」とか。




見てわかる通り、これらは『論理的に否定できない』もので、

そのうえ『否定してもしょうがない』ものです。



何より、これは『個人が決めること』であるため、

結果として「正しそうに見える」というわけなんですね。

そしてこれは、『個人にとっては正しい』ものになります。






客観的な正しさ


|| 真実であるかのように扱われるもの

これは『明らかに正しく感じられるもの』のことですね。

ただ、「人は主観で判断する」ので、厳密にはこれも主観です。



ただ、『納得せざるを得ないこと』というのは存在していて、

そういうのは「客観的に正しく見える」わけです。



はい、これが『客観的な正しさ』と呼べるもので、

『理論的には否定することができない』ものになります。

この記事ではこれをメインに見ていく感じ。



ともかく『人間の主観では』という前提に注意してください。

これはよく見落とされますが、あくまで『人間の主観』です。

 

 

つまりどんなに正しく見えても、『真実とは限らない』んですね。



そう、「客観的に正しく見える」のは人間にとってであって、

つまるところ、実際的には「真実である保証は無い」んです。



ただ、『理論的に否定することは困難』である上に、

それが『自然に考えて正しい』のなら、

それは『ほぼ100%正しい』と言えてしまいます。



はい、これが『人間にとっての客観的な正しさ』です。

『人間にとって』を忘れないようにしましょう。




この表現としてよく使えるのは、

「ほぼ確実に」「まず間違いなく」とか、

他には「ほとんど」とか「自然に考えて」とかですね。



これらが表したい意味は「ほぼ100%」だ、ということ。

つまりこれを使うと『客観性が高い』という宣言になります。






客観性の強い正しさ


|| ほぼ100%正しいと言えるもの

ここからが『数学の領域』になります。

いわゆる「覆せないほどの正しさ」はこれに該当する感じ。



重要な点としては、これは『ほぼ100%正しい』ということ。

 

 

「ほぼ」としなければならないのは、

『人は100%正しいことを確認できない』という、

数学という学問が得た一つの結論から来ています。



ただ『明らかに正しい』もの、

つまり「正しいとしないとおかしいもの」だったり、

「人がこうだと決めたルール」だったりは存在します。



ここではこういう話をメインでしていく感じです。

これの応用として『正しい主張の作り方』が分かる感じ。




原理的には、「公理的なもの」と「定義的なもの」があって、

公理の中でも「様相理論的なもの」が結構使えますね。



原理の応用としては、「演繹」や「統計的なもの」があります。

いわゆる『正しい推論』についてが「演繹」で、

『全体と有限の個別』についてが「統計的なもの」という感じ。




大雑把にはこんな感じですが、

よくわかんないと思うので、↓で一つ一つ見ていきます。







最小単位


|| 正しいことにしないと、逆に変な情報

『決められた正しさ』と『明らかな正しさ』がこれ。

原理的には「公理」と「定義」と「妥当な推論」が来ます。



ただ、「妥当な推論」の構成単位に「公理・定義」が必要なので、

こちらについては「公理・定義の決まった集まり」として、

最小単位ではなく分類に含めることにします。



ともかくこれについてですが、

一言で言ってしまうなら「ほぼ100%正しい1文」のことです。

「1文」の定義として、推論の用語は入らないとします。



といってもこれだけじゃ掴みにくいと思うんで、

さっそく一つ一つ見ていきましょうか。






公理的な正しさ


|| 存在すること・ある範囲では全てそうだということ

「あるものはある」し「ある範囲なら全部そうだ」ってこと。

いわゆる『当たり前』の根源的なものがこれ。



当然の話として、これは『直観的に正しく感じる』ことが前提で、

その上での「存在」と「範囲が指定されてる全」の宣言になります。




『存在』については、要は『実物がある』ってことで、

状況を再現すれば「見る」こととか「聞く」ことができる感じ。



言い回しとしては、『実際にある』ことを前提に、

「~はある」「~が存在する」みたいなのをよく使います。




『範囲が限定された全』については、

これは「限られた中では」という部分がキーです。



『全』というのは、制限が無ければ、中身が無限に増えていきます。

これでは「解釈」によっては「例外を含む可能性」が出てきますし、

また『正しいかどうかの確認ができない』わけです。



これを回避するには、「範囲の指定」を行い、

その範囲も『人間に処理できる範囲』、

つまり『有限』の範囲に落とし込まなければなりません。

(構成可能宇宙)



原理的にはこんな感じで、

簡単には『説明できる範囲』くらいに思っておいてください。



まあ、こんな感じですから、

「全部そうだ」という言い回しは基本的にあまり使いません。

しかし↑の様な前提を敷けば、使うことはできます。



言い回しとしては、「~の範囲では、~は全て~だ」とか。

他にも「~って前提の上では、~は全て~と言える」とか。

「極端な例外を除けば、全ての~は、~と言える」とかも。



具体的な範囲の指定のやり方だと、

「自分が見た限りでは」とか「自分の知ってる範囲では」とか、

他にも「調べた範囲では」とか「歴史上では」とか。



こういう感じに範囲を指定すると、

『全』の概念が扱えます。






定義的な正しさ


|| 自分で決めてしまうこと

これは『人が』『問題が無いように決めたもの』のことです。



具体的には「ルール」とかのことで、

「ゲームの操作方法・勝敗条件」とか「法律」とか。

この辺のやつはだいたいそうですね。



これを表す言い回しとしては、

「~ってことにする」とか「~だと決めた」とか。

他にも「~と解釈することにする」とかがこれ。




いわゆる『決定』がこれなわけですが、

これには一応、『特に問題が無い』という制約が存在します。



というのも、例えば「じゃんけんのルール」で、

「パーはグーに勝つ」というルールがありますが、

ここに「グーはパーに勝つ」を、付け加えることができます。



これは、ルールを作る段階で行っても良いことです。

しかしこうすると、どっちだよって感じになりますよね?

このままだと、両方が勝者になってしまいますし。

 

 

こんな感じで、『勝者を一人に決めたい』のであれば、

このルールだと「問題アリ」になります。



要は、こういうのを回避しなくちゃいけないって話です。

俗な言い回しをするなら、矛盾を回避しなくてはなりません。



ただ、順番は『決定(定義)』→『確認』ですので、

矛盾の有無は結果論になります。





様相理論の考え方


|| 必然的か、可能性があるか

これは『可能性』と『必然性』についての話になります。



『必然性』っていうのは、要は「0か100か」の話で、

『可能性』っていうのは、「0%~100%の間」の話です。




これをどう使うかというと、

『人間には100%そうだと確認する術が無い』という、

『現代の数学』から得られた「事実」を利用する感じ。



どう利用するかというと、

「可能性がある(0%と言えない)」という言い回しと、

「必然性は無い(100%と言えない)」というのを使います。



すると、ほとんどのパターンで、

この表現は『否定できない』状態になるんです。



なぜなら原理的には、

単に『認識していないものの存在』を述べているだけなので。



可能性の話であれば、いくらでも広がりますよね?

要するにそんな感じの話です。




似た系統のものとしては、

「~だろう」とか「たぶん」とか「おそらく」とかもそうです。

これは『間違ってる可能性がある』ことを示してます。



他にもあって、

「~とは限らない」「~じゃないかもしれない」とかは、

『そうである必然性は無い』ということを示してます。



これで『否定できない』主張が出来上がって、

この内容が『正しいように感じる』のであれば、

それは正しい主張になります。







分類


|| 正しいことになってしまう情報

『最小単位の集まり』の中でも、

特に『正しい組み合わせ』として定義できるもの。



要は「綺麗なブロックの組み合わせ方」みたいなものがこれ。

んで、ここではこの『組み合わせ方』に注目する感じです。



この『組み合わせ方』の具体的な話としては、

『正しい推論(演繹)』や『有限縛り(再帰・統計)』があります。

だいたい全部、この2つだけで説明ができるかと。



実際、正しい主張の多くはだいたいこれです。

同時に、使い方が間違ってるパターンが多いのもこれ。






演繹・再帰的


|| ある事実を認めると、正しくなるもの

大雑把には「正しい推論」のこと。

『有限』であることも前提になります。



要は『再帰理論』と『証明論』の話です。

対比するなら、↑は『集合論』と『モデル理論』の話になります。




ともかく『演繹』を行えば、『正しい主張』は作れます。

詳細は『論証』や『推論規則』を学んでください。




事例としては「(前提)なら(結論)だ」みたいな言い回しがあって、

この「全体と前提が正しい」なら、「結論も正しい」という感じ。



他にも『全称化』という操作があって、

これは、簡単には「まとめる」言い方になります。



具体的には『データの特徴を調べて』みて、

『結果的に全部そうだった』から、

ひとまとめに「全部そうだ」としてしまう感じ。



この2つが演繹の基本的なものになります。



他にも仮言三段論法やらなんやら、

いわゆる「トートロジー」と呼ばれるものはいくらでもあります。

と言っても、基本的には「演繹」と「全称化」ばかり使われますが。






統計的な考え方


|| 傾向か、本質か

これは『有限の範囲でしかデータを扱えない』ことを前提として、

『仮説』とその『検証』をやって、結論を出すやつです。



これは主に、ある『特徴』が「あるかどうか」の話になります。



全てが持つ特徴ではない場合には「傾向がある」として、

「主観的に、多く」が持つなら「傾向がある」と言えます。



全てがその特徴を持つパターンでは、

その「特徴」を「本質である」とします。




ともあれ、これは『特徴の定義の曖昧さ』によって、

結論は必ずしも正しくなるわけではありません。



しかし『だいたい正しい』とはなるわけですから、

『否定するのが難しい』ものにはなります。




この内「傾向」を表す言い回しだと、

「だいたい」とか「ほとんど」とか「多くの」とかで、

これは『大多数の性質』だってことを表す文言になります。



またこれは『少数』であっても似たようにできて、

この場合、『範囲を指定する』ことによって、

『一部では大多数』という、否定しにくい主張を作れます。



具体的には「一部ではほとんど」だとか、

他にも「知ってる範囲では大多数が」とか。

こんな言い回しで『否定するのが難しい』主張を創れます。




「本質」についての言い回しだと、

「~って特徴が共通してる」とか「~の部分が同じ」とかですね。



ただしこれには注意点があって、

簡単には、ある特徴を『本質だ』とは言い切れません。

というのも、『特徴の定義が曖昧』な点を突かれることがあるので。



どういうことかというと、その『特徴の意味』の、

『解釈』によっては「全てに当てはまる」と言えなくなるんです。



なぜなら、作ろうとさえ思えば、

「可能性」の話を持ち出すことによって、

『都合の良い例外』を作ることができる場合があるので。




これは、いわゆる「考えてもしょうがないこと」の話で、

具体的には、頭上に隕石が降ってくるとか、飛行機が墜落するとか。



俗に「極論」などと呼ばれるこれが、

『都合の良い例外』の代表例になります。




話を戻すと、この統計的な考え方は『否定が難しい』です。

これについては納得できたかと思います。



というわけで、この上で『明らかに正しく感じられる』場合、

それらを正しい主張としても特に問題はありません。



『解釈』は、問題が出ないように「定義」すればOK。

その上で矛盾が出れば、それはその時に考えましょう。







正しい主張の代表例


↑のやつに従って、各種いくつか作りました。

正しい主張を作る際には、参考にしてください。




主観的なもの


「あいつは天才だと思う」(俺はそう思う、他は知らん)

「きっとあいつは良い奴だ」(俺はそう思いたい、他は知らん)

「私はあいつのことが嫌い」(俺は嫌い、他は知らん)




客観性が高いもの


「それはそれ」(それ自身はそれ自身)

「私は生きている」(否定してもしょうがない事実)

「君の名前はタカシだ」(そう決めた)




定義的なもの


「法律だとそうすることになってる」(決まり)

「金将は斜め後ろには動けないことにする」(決める)

「賢い人だけしかいないとする」(範囲の決定)




公理的なもの


「水が存在する」(事実)

「印象と実際は異なる」(事実)



「自分と他人は違う」(違いが存在する)

「差別と警戒は異なる」(違いが存在する)

「全ての人が悪いわけじゃない」(全部じゃない)




存在の肯定(あるものはある)


「知らないことは存在する」(事実)

「良い人は存在する」(全体の一部に存在)

「悪い人は存在する」(全体の一部に存在)




全の否定(全部じゃない)


「全てのことを知ることができるわけではない」(事実)

「全ての人が悪人というわけではない」(一部の存在から)

「全ての人が善人というわけではない」(一部の存在から)




様相的なもの


「人生で人が成功しかしない可能性は無い」(可能性が無い)

「人生の中で人が間違えることは必然的である」(必然性がある)




可能性の肯定(0%と言えない)


「戦争がなくなる可能性はある」(ほぼ0%)

「良いことがある可能性はある」(個人の体感値)

「現時点で自分が存在している可能性はある」(ほぼ100%)




必然性の否定(100%と言えない)


「人に性欲があることは必然的ではない」(ほぼ0%)

「偏見が間違っていることは必然的ではない」(体感50%)

「明日死ぬことは必然的ではない」(ほぼ100%)




演繹的なもの


「理不尽な不公平が存在するから、公平にしたい」(存在と願望)

「犯罪を取り締まりたいなら、区別は必要である」(願望と事実)



「変な法律は存在するから、法律は正義とは限らない」(存在と事実)

「悪意は存在するから、全ての人が善人とは限らない」(存在と全)



「同じ人は存在しないから、平等は実現できない」(存在と事実)

「愚かな人は存在するから、戦争は存在する」(存在と存在)



「陰謀論は証拠が無いから、正しいとは言えない」(存在と必然性)

「陰謀論は証拠が無いから、間違いとは言えない」(存在と必然性)




統計的なもの


「大衆は愚かな傾向がある」(愚かという特徴を持つ人が多い)

「人が生きるには水が必要である」(全てが共通して持つ特徴)




傾向について(特徴を持つものが多い・少ない)


「人は状況に流されやすい傾向がある」

「人は興味のある情報ばかり得る傾向がある」



「良い情報ばかり与えられると、印象が良くなる傾向にある」

「悪い情報ばかり与えられると、印象が悪くなる傾向にある」



「人は印象によって物事を判断する傾向にある」

「印象は作られたものが多い傾向にある」




本質について(ほぼ全てが持つ特徴)


「争いは不足によって発生する」

「人は自分を正当化したい生き物である」



「正しさは100%そうだと人には確認できない」

「ばれない嘘は、真実として扱われる」

「数学的事実は、真実として扱われる」







形式まとめ


『正しい主張』についてまとめる。

注目すべきポイントは、まずは『主観』と『客観』で、

その次に『客観性の高いもの』が来る。



この『客観性の高いもの』の「原理」には、

『公理』と『定義』、そして『様相』が来て、

その「組み合わせの決まり」として『演繹』と『有限』が来る。




これらは、主張 \mathrm{Assertion} の内容で分岐する。

それらを形式的にまとめたものが↓






主観 \mathrm{Subject}


『その時点で、個人にとって正しければ、正しい』という考え方。

実際的に正しくなかったとしても、個人にとっては正しくなる。



\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Individual}\,\,\mathrm{decided}   個人の意思決定

\mathrm{or}\,\,\,\,\,\mathrm{Individual}\,\,\mathrm{feel}\,\,\mathrm{right}   個人の直観


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Subjectively}\,\,\mathrm{right}






客観 \mathrm{Object}


『現時点で、一切の矛盾が見られない』ことと、

『正しいということにしなければおかしなことになる』こと。



「有限」という制限があるため、

『100%正しいと確認できない』ことに注意。



\mathrm{if}

(\,\,\,\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{well}\mathrm{defined}   定義

\mathrm{or}\,\,\,\,\,\,\,\,\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{clearly}\,\,\mathrm{right}\,\,\,\,\,)   公理


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\,\,\,\,\,\mathrm{Inference}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{valid}   推論が妥当

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\,\,\,\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Theorem}  定理


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}






定義的 \mathrm{Defining}


『人による決定』がこれ。

厳密には「その時点では、矛盾が出ない」ことも条件に入る。




モデルの構築 \mathrm{Modeling}


\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Formalization}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{possible}   形式化が可能


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Domain}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{defined}   範囲が確定

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Exception}\,\,\mathrm{don't}\,\,\mathrm{Exist}   例外の排除


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}






公理的 \mathrm{Axiomatic}


これは『人にとって、どう考えても正しい』もの。

0,100 の話で、『存在・限定全』や『可能性・必然』などがある。




存在の肯定 \mathrm{Affirm}\,\,\mathrm{of}\,\,\mathrm{Exist}


『あるものはある』ということ。

それを無いとするのは無理がある。



\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Assert}\,\,\mathrm{to}\,\,\mathrm{Exist}   存在の宣言

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Existence}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{observable}   観測可能


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}




全の否定 \mathrm{Negative}\,\,\mathrm{of}\,\,\mathrm{All}


『全て、の範囲が曖昧だ』ということ。

また安易に全てとすると『例外が存在してしまう』ということ。



\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Assert}\,\,\mathrm{for\,\,All}\,\,\mathrm{to}\,\,\mathrm{be\,\,so}   全てそうだという宣言


   \mathrm{and}\,\,\{

\mathrm{Domain}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{not}\,\,\mathrm{defined}   無制限の内包

\mathrm{or}\,\,\,\,\,\mathrm{Exception}\,\,\mathrm{Exist}   例外の存在

   \}


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\textcolor{skyblue}{\mathrm{wrong}}




様相的 \mathrm{Modal}


これらも『公理』に含まれる。

「存在する」「全て」とは『公理系』が異なるため分けている。

これは「0~100%」「0・100%」についてのもの。




可能性の肯定 \mathrm{Affirm}\,\,\mathrm{of}\,\,\mathrm{Possibility}


あらゆる場面で『0・100%とは限らない』ということを示す。

これは「0%と言えない」という『可能性がある』ことの肯定。



\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{of\,\,Possible},

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Interpretation}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Individual}   自由に解釈可能

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Inevitability}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{\textcolor{skyblue}{un}provable}   必然性を証明できない


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}




必然性の否定 \mathrm{Negative}\,\,\mathrm{of}\,\,\mathrm{Inevitability}


ほとんどの場面で『0・100%とは限らない』ことを示す。

つまり「100%だ」と言える『必然性は無い』ということ。

可能性の肯定と対になっている。



\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{of\,\,Inevitability},

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Interpretation}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Individual}   自由に解釈可能

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{There}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{a\,\,Possibility\,\,that}

\mathrm{Exception}\,\,\mathrm{Exist}   例外が存在し得る


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\textcolor{skyblue}{\mathrm{wrong}}






演繹 \mathrm{Deduction}


これは『定義・公理』を「組み合わせる」やつのこと。

「正しい主張」を作るためには『妥当な推論規則』が必要。



\mathrm{if}

\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Set}\,\,\mathrm{of}\,\,\mathrm{Logical\,\,Assertion}   論理的主張の集まり

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\textcolor{black}{\mathrm{Those}}\,\,\mathrm{Logical\,\,Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{right}   論理的主張が正しい


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Inference\,\,Rules}\,\,\mathrm{are}\,\,\mathrm{used}    推論規則の使用

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Inference}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{valid}   推論が妥当


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}




統計的 \mathrm{Statistics}


これは人間の『有限性』に着目した考え方。

この縛りによって得られる「正しさ」がある。




傾向 \mathrm{Trend}


ある『特徴を多くが持つ』場合「傾向がある」と言える。

この特徴は「注目されるもの」で、

全てに当てはまるとは限らない。



\mathrm{if}

\mathrm{Target}\,\,\mathrm{Exist}   対象の存在

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Characteristic}\,\,\mathrm{Exist}   特徴の存在

\mathrm{and}

\textcolor{pink}{\mathrm{Some}}\,\,\mathrm{Target}\,\,\mathrm{have\,\,Characteristic}   特徴を持つ対象の存在


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Characteristic}\,\,\mathrm{is\,\,declared}   特徴について宣言

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Declared}\,\,\mathrm{to\,\,have}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{its}}\,\,\mathrm{Characteristic}

その特徴を持つという宣言


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Domain}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{defined}   全体について


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}




本質 \mathrm{Essence}


似ているものは『共通部分が多い』から似ている。

この「共通部分」の中で『全てに当てはまるもの』が存在する。

これを『本質』と定義できる。



\mathrm{if}

\mathrm{Target}\,\,\mathrm{Exist}   対象の存在

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Characteristic}\,\,\mathrm{Exist}   特徴の存在

\mathrm{and}

\textcolor{pink}{\mathrm{All}}\,\,\mathrm{Target}\,\,\mathrm{have\,\,Characteristic}   本質の存在


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{About}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion},

\mathrm{Characteristic}\,\,\mathrm{is\,\,declared}   本質について宣言

\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Declared}\,\,\mathrm{to\,\,have}\,\,\textcolor{black}{\mathrm{its}}\,\,\mathrm{Characteristic}

その本質を持つという宣言


\mathrm{and}\,\,\,\,\,\mathrm{Domain}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{defined}   全体の定義


\mathrm{then}

\textcolor{black}{\mathrm{The}}\,\,\mathrm{Assertion}\,\,\mathrm{is}\,\,\mathrm{Almost}\,\,\mathrm{Objectively}\,\,\mathrm{right}






以上、『正しい主張』についてはこんな感じです。

変な見落としが無い限りは、特に間違ってないかと。